日本に蔓延する大きな勘違い

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「子育ての目標は何ですか?」

こう問われた時、その回答として、「自立した人間に育てること」に近いことをイメージする人は多いと思います。

大変もっともらしい答えです。

テレビ的にはOKです。

しかし、それは、現代社会に蔓延する大きな勘違いに基づいた誤った目標なのです。

では、一体、何を勘違いしているのでしょうか?

それは、「子供は、自立していない」と思い込んでいるということです。

自立は、大きく次の2つに分類することができます。

  1. 経済的自立
  2. 精神的自立

大人たちは、この2つのいずれも、子供はできていないと思っています。

 

1番目の経済的な自立(衣食住における自立)については、近代社会の特殊な構造においては、現代社会の慣例に則った道筋と期間を通らなければ、自立させてもらえない仕組みになっています。

仮に、社会構造が現在とはまったく異なり、森があり川があり海がありそこに獲物や果実・穀物がある、木の枝を集めて巣のような家をつくり生きていくというものであれば、小学校2~3年の頃には、自立する能力は持つようになると想像します。

 

少し、話はそれましたが、この社会に生きる以上、この社会が定める経済的自立のプロセスをたどるのは、江戸時代の士農工商の身分制度の中で、農民は農民として生きていったのと同じ意味なのだろうと思います。

 

次に、精神的な自立です。

この精神的な自立とは、一体何を指すのでしょうか?

現代の社会では、次のようなニュアンスがあるように思います。

  • 自分のことは自分で責任を取れるようになること

「責任を取る」とはどういうこと?

それが不明確なまま、ここに、「責任」に関する別の考え方が入り込んできます。

  • 20歳を超えれば法律的に成人として扱われ、何かをすれば自分で責任をとらなければならない
  • 未成年には責任は取れないので、親が責任を取らなければならない

このような考えの中で、20歳になることが自立であるかのような雰囲気になり、精神的自立の定義が不明瞭になってしまっていると思います。

社会人になることは経済的な自立ですが精神的な自立ではありません。

では、精神的な自立とは、一体、いつ起こるのでしょうか?

思春期と呼ばれる時期でしょうか?

 

心理の世界では自立した人間とは、次のサイクルの中で生きている人のことを言います。

  • 自分で感じる
  • 自分で考える
  • 自分で行動する

そこで、このサイクルの中で生きるようになるのは、何頃かを考えてみます。

私は、2~3才の子供を、公園で他の子供たちと遊ばせたときのことを思い浮かべました。

はじめは、不安になったり泣いたりして、すぐに親のところに帰ってきていたのですが、公園通いを繰り返しているうちに、「おいで!」と呼んでも戻ってこなくなりました。

そんなことを考えると、実は、その頃が精神的な自立の時期ではないかと思いました。

 

「自分で感じる・自分で考える・自分で行動する」というサイクルの滑らかさや、それぞれのステップの質を見れば、大人のイメージする自立とは程遠いところはあります。

それぞれの質を高めるには、色々な学習が必要なのは確かなことです。

しかし、幼いながらも「自分で感じる・自分で考える・自分で行動する」ということを親を頼らずに自分でやっているところだけを見れば、自立した一人前の人間であるといえます。

 

あとは、各ステップの質を高めていけば、大人が期待する「精神的に自立した人間」に近づいていくことが期待されます。

そのためには、大人は、「子供が自分自身でサイクルをまわしている」という事実を大切に扱う必要があります。

そんな大人の見守りの中で、子供たちは、失敗や成功の経験を繰り返して学習したり、情報や知識を教えてもらったりして、各ステップの質を高めていくのだと思います。

 

ところが、現代の日本社会では、これを子供の精神的な自立の始まりだとは認識しません。

そして、子供が自分自身で、「自分で感じる・自分で考える・自分で行動する」というサイクルをまわす邪魔までし始めるのです。

それが、『 反抗期 』 ・ 『 第一次反抗期 』 という考え方です。

 

反抗期についての詳しいことは、別途まとめるつもりですが、ピュアハート・カウンセリングのサイトでも解説していますので参考にしてください。


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