私が子供にイラッとするときとその理由

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概要

最近、たまに子供に「イラッ」とすることがたまにあって、「自分のこの反応はいったい何なんだろう?」とちょっと考えてみました。

一つは、私が嫌だった「母親と同じような反応」を子供がしたとき。

まぁ、これは、自分がそれに反応してしまうことは理解できます。

それが母親ではなく子供であるということに気付けば、上塗りされた意味づけがはげてきて、目の前の子供の心が理解できるようになってきます。

 

でも、もう一つが、何に反応しているのかが、なかなか理解できませんでした。

この反応が強烈で、その後はとても疲れてしまいます。

そんな反応をする自分が嫌になります。

自己嫌悪です。

 

その反応は、小学校一年生の下の子供に対して出やすいところがあります。

 

例えば、友達の家の前までは行くけど、インターホンで「呼び出す」のボタンが押せずに、ウジウジしているときなどイラッときます。

他の人から見れば、そんなところでイラッとする必要はないというのは、頭では分かります。

でも、思考よりも前に、心が反応して、イラッとしてしまうのです。

 

丸1日真剣に考えました。

そして、1つの結論にたどり着きました。

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考えた原因

まず、子供が直面しているような場面は、自分も苦手だったということに気がつきました。

 

  1. 自分も、同じような場面では嫌な気持ちや不安な気持ちになる (感覚)
  2. そして、そう感じる自分を、自分自身が嫌だと思っている (思考)
  3. それを何とかしようと、自分自身に鞭打って頑張っている (行動)

 

実は私もこのような気持ちの流れの中で対処していたことに気付きました。

つまり、(1)の自分の嫌だと感じる気持ちを我慢したり無視したりして、その感情や感覚に自分が留まらないようにして、自分を無理矢理行動させていたのです。

ところが、私が嫌だと感じても自分に鞭打って動き出すところで、嫌だと感じたところで立ち止まって何もしようとしない様子をみると、「ここは我慢して行動するしかないんだ!」と自分に鞭打つのと同じように、子供にも同じ行動を要求して、イラッとしていたようなのです。

 

子供に「近くまでついてきて欲しい」と言われたときは、優しい気持ちで着いて行ってあげられます。ところが、着いて行ったにも関わらず、「やっぱり、怖くてピンポンできない!」なんてベソをかかれると、イラッときてしまいます。

そのときの私の心の感覚を言葉にすると次のようになりそうです。

 

「自分が子供の頃は、こんなときに、親に責められることはあっても、一緒に来てもらった事なんかない。お前は、近くまで着いてきてもらっているのに、どうしてやろうとしないんだ!」

 

あイタタタたぁ~

「できないことをできるようにさせてあげたい」というだけなら、別に、イラッとしなくても、いろいろと導き方を考え、対処できるはずなのに・・・。

 

私がブログなどで繰り返し説明している「悲しい気持ちの子供はまず抱きしめる」とは逆の対応をしてしまっていたことに気付きました。

そしてそんな私の反応は、『あなたにもある心を回復する機能』の中でも説明した、心の苦しさが家系を伝わる原因そのものでもあったのです。

 

世代を超えて伝わる基準


例えば、親に、「自分の幼少期に厳格な家で育ち、規則に縛られてつらい子供時代を過ごした」という認識があり、「つらい気持ちのまま放置されていたことがつらかった」ということには気づいていなかったとします。

このようなとき、親は、「子供を束縛するようなうるさい親にはなりたくない」と心に誓い、自分の子供の幸せを真剣に願って放任主義を貫いてしまうことがあります。

しかし、自分の子供の頃の親とは真逆の放任主義にしたところで、自分の子供がつらい気持ちになったときは、「好きにさせているのだから、なぜ、つらいなどいって甘えているんだ。それは、自分の責任なのだから自分で何とかしなさい。」などと言って、自分が親からされたのと同じように子供をつらい気持ちのままに放置してしまい、結局、子供はつらい気持ちを自分一人で抱え込まなくてはいけなくさせてしまうのです。

この『気持ちを無視して、分けられたAやBにこだわる』という習慣は、その家系において世代を超えて伝わってしまいやすいのです。

「なりたくない自分」になってしまいやすいのは、このような理由なのです。基準から解放されない限り、基準の右とか左とか言っていても、結局同じことなのです。

『あなたにもある心を回復する機能』 P.125 より引用

対処

さて、どうしたものかなぁ・・・。

 

ポイントとしては、次のようなことは言えると思います。

  • このような子供の性質を許し受容できなければ、自分自身のそんな性質を許し受容することはできない。
  • 逆に、自分自身のそんな性質を許し受容できなければ、このような子供の性質を許し受容することはできない。

 

しばらくの間、以前の投稿で書いたように、インナーチャイルドの癒し的な対処(子供の頃の自分をイメージしながら、その子に次のように語りかける)を続けてみようと思います。

 

【 参 考 : インナーチャイルドの癒し風声かけ 】
※イメージの中の子供の反応を待ちながら声かけを進めていく感じです。下の文章は私(わたし)用なので、このまま真似しても、しっくりこないと思います。もし、同じような対処をしてみようと思う場合は、子供の頃の自分に言ってあげたい言葉を色々と考えてみて下さい。但し、叱咤激励は厳禁です。 

初めてのことをするときでも、何も教えてもらえず、

できなくてグズっていたら、「お前は何もできない!」とさんざん責められたね

そして、どうしたらいいのかも分からないまま、無理矢理にさせられたよね

それでも嫌がったら、泣いているのに地下室に引きずって連れて行かれて、閉じ込められて・・・・。

「お前は何もできない!」って責められるの、本当に嫌だったよね・・・

一生懸命にやろうとしても、結局は、いつもいつも、そう責められたね・・・

つらい気持ちだったのに、もっとつらい気持ちになっちゃったよね・・・。

「どうして、いつもいつもこんなに泣かなければならないんだろう」って、そらを見上げながら思ってたっけ・・・。

 

不安なときは不安なのにね。

不安を感じてもいいのにね。

 

誰も助けてくれなかったけど、

つらい気持ちの君を抱きしめてくれる人はいなかったけど、

でも、よく頑張ってこられたね

偉かったね

 

ありがとうね

あの時の君が頑張ってくれたから、今、ここに、こうしてボクがいるんだよ。

ありがとうね・・・

よく頑張ってくれたね・・・

 

でも、もう、大丈夫だよ・・・

もう、頑張らなくてもいいんだよ・・・

そして、一人ぼっちじゃないんだよ・・・

君が悲しいとき、ボクが気持ちを抱きしめてあげるから・・・

無理に元気にしなくても大丈夫だよ

そのままの君の近くに、ボクが、いつも一緒にいてあげるから・・・・

 

次回は、今回の投稿に関連して「性格の遺伝」についてのヨタ話を書く予定にしています。

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