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何も出来ないお前は引っ込んでろ!

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私の経験

たぶん幼稚園くらいの頃だったと思うのですが、近所の友達と遊んでいて、その子が怪我をしてしまいました。

幼い私は、家の押入れの中に、小さな袋に湿った紙が入ったものが沢山あることを知っていました。(父親のコロンを紙にしみこませたものだったようです。)

「そうだ、あれで手当てをしよう!」、私はそう思って、小さな袋をひとつ破って、中から湿った紙を取り出し、友達の傷に当ててあげました。

「これで大丈夫!」

そこへ母親がやってきました。

母親は、それを見て大騒ぎを始めました。

「なんてことするんや!!あほ!お前は、向こうに行ってなさい!」

向こうに行っても、声は聞こえてきます。

「ごめんね、うちの子がこんなことしてしまって!」

ものすごく済まなそうにその子に謝りながら何かをしています。

でも、何をしてるのか分かりません。

後になって、「あれからどうしたの?」と私が聞くと、「言ってもどうせ分からないんだから聞くな!」と怒鳴られます。

幼かった私は、「取り返しがつかないような悪いことをしてしまったんだ・・・」と思い、「自分はそんなことをしてしまうようなどうしようもない人間なんだ・・・」という気持ちになったことを覚えています。

でも、何が悪かったのか?

どうして悪かったの?

それに対して、どうしたら、大丈夫になったの?

 

さっぱり分かりません。

で、母親に尋ねると、「うるさい!どうせ聞いても分からないんだから聞くな!」と怒鳴られて、教えてもらえないのです。

自分がしたことで母親が騒いだことに、私が首を突っ込むことはタブーのような雰囲気が出来上がっていきました。

 

してしまったことによっては、地下室行きです。

その後、何がどうなったのかは、私には、その気配すら分かりません。

でも、その騒ぎの後に、その話題に決して触れてはいけない。

 

この母親の対応は、『失敗すれば、それは絶対に許されない』と子供に教えるようなものだと思います。

逆に、『悪意無くしたことが偶発的に人を傷つけたりしても、きちんと対処して、しっかり謝れば、大抵のことは許してもらえる』ということを教えることも出来ません。

 

小学校4年生のときでしょうか、詳しいことは覚えていないのですが、近所の子供たちと遊んでいて、私はみんなを怒らせることをしてしまいました。

 

「どうして、こんなことしたの?」と年上の友達が尋ねます。

「・・・・・・・・」、私は無言のままうつむいています。

「ちゃんと言いなさい、あなたの将来のためにも、ちゃんと話すことは大事なことなんだよ」

「・・・・・・・・」、私は何も言えませんでした。

逆に、

  • 逆らわず黙っているのに、みんながなぜ怒るのか
  • なぜ、向こうへ行かせてくれないのか

が分からなかったくらいです。

 

覚えているのは、そのくらいのことです。

 

「自分が思っていることを言えば、相手は分かってくれる。そして、悪かったと謝れば、許してもらえる」なんてストーリーがこの世の中に存在するなんて、当時の私には想像もできなかったことなのです。

口を開けるはずがありません・・・・。

間違えて言葉を発してしまえば、より一層責め立てられるのです。

口を開けるはずがありません・・・・。

 

私の親心

  • 長く責め続けない
  • 叱るきっかけになったこと以外のことで責めない
  • 顛末に臨場させる
  • 悪いことといっても、所詮、子供のすること。「明日、朝に太陽が昇らなくなるほど、悪いことはしていない」ことは分からせる
  • なぜ悪いかの理由を簡単な言葉で説明する
  • 怒ったり泣いたりしているときは、抱きしめて気持ちを落ち着かせる
  • 気持ちが落ち着いたら謝らせる(無理に謝らせない)
  • 謝る相手が親(私)だったら、謝ったときにきちんと許す
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Comments

  1. 私の母は私によって害された感情をどうにかするために怒る人でした。私が何が悪かったかを理解するかどうかも、改善する意思があるかどうかも関係なく、ただ母の感情が収まることが許してもらう条件でした。私は母の機嫌をとるような器用なことはできないたちで、ひとたびまずいことをしたならあとは自分にできることは何もないといった状況でした。そうしたことが何度もあったせいでそういう学習をしてしまったのでしょう、今も人を怒らせたり何かミスをしたりすると一気に無気力になってすべてを放棄しそうになります。
    このページを読んで、怒られたりした時に自分がとる不適切な行動について上のような解釈ができました。ありがとうございます。
    父や、学校の先生方の何人かは、自身の感情のためでなく、私のために叱ってくれました。そのおかげで、精神的に無駄に苦しくはなるものの、なんとか道理にかなった対処ができることも多いです。母がだめでもほかが良ければ致命的にはならないということですね。このページも縁にして、なんとか無駄に苦しまなくて済むようにしていきたいです。

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