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幼稚園のときの記憶

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私の経験

幼稚園の頃の記憶は、小学校低学年のときには、既に、ほとんど残っていなかったということを覚えています。

数少ない記憶なのですが、今でも強烈に覚えている映像があります。

それは、・・・・。

 

ある朝、私が、「幼稚園に行きたくない!」と泣きました。

すると、母親は、何かを叫びながら、私めがけて、湯飲みを力いっぱい投げつけてきました。

その湯飲みは、運よく私をかすめただけで、私の後ろに障子に向かって飛んでいきました。

覚えているのは、その場面だけです。

その前後のことは覚えていません。

たぶん、あの母親のことだから、私は、無理やり引き摺られながら幼稚園に連れて行かれたのだと思っています。

そして、母親からあのようなひどい仕打ちを受けないために、行きたくない気持ちを我慢して、毎日、幼稚園に通っていたのだと想像しています。

(なぜ、そう、想像するかは、別の話題のところで説明できると思います。)

 

大人になってから、母親に「幼稚園のとき、湯のみ思いっきり投げつけたの覚えてるか?」と聞いてみたことがあります。

母親は、「登校拒否になったらあかんと思って。」と悪びれることもなく平然と言葉を返してきました。

そのときの母親は、過去の自分を振り返っても、「悪いことをしたなぁ~」とか「あの頃は若かったからなぁ~」といった感覚は感じなかったようです。

 

自分の子供と関わって

子供が「幼稚園に行きたくない」といった時、子供には、「幼稚園に行きたくない」という気持ちの他に、「幼稚園に行きたい」という気持ちも残っています。

 

子供に、それぞれの気持ちの大きさを聞いてみる(スケーリング・クエスチョン)と分かるのですが、幼稚園に行くことを拒絶しているときは、幼稚園に行きたい気持ちは随分小さく、そして、幼稚園に行きたくない気持ちは随分大きくなっています。

 

「行きたくない気持ちがそんなに大きかったら行きたくないよねぇ~」と関わりました。

「どうして行きたくないの?」と話を聞くと「さみしい」というくらいの答えで、特に、幼稚園で嫌なことが起こっているようではありませんでした。

(ただ、子供の「さみしい」という言葉に込められた意味をきちんと読み取れているとは限らないので、言葉では旨く言えない何かがあったのかもしれませんが・・・。)

 

でも、親としては、やっぱり幼稚園に行ってくれないと困ります。

なので、「じゃぁ~、とりあえず(幼稚園バスの)バス停まで行ってから考えようか」とか「幼稚園の門のところまで行ってから考えようか」などと言って、とりあえず家から連れ出しました。

連れて行く途中は、「行きたくない!」と言って泣いているので、「そうやな、行きたくないなぁ~、よしよし」といって、抱っこしてあやしながら連れて行き、

ついてからも、「そうかそうか」と抱っこします。

 

バス停の場合は、やがて、バスがやってきて、バスに添乗している先生が、私に抱きつく子供をうまく引き剥がしてバスに乗せてくれました。

幼稚園の門のところでも、幼稚園の先生が、私に抱きつく子供を旨く引き剥がして、幼稚園の中に連れ込んでくれました。

 

帰りは、「幼稚園、楽しかった!!!」といって元気に帰ってくるのですが、また、次の日の朝は同じことの繰り返しだったり、やっと落ち着いたと思ったら、しばらくして、再発したり・・・。

下の子は、年長になっても、たまに、そんなやり取りをやっていました。

 

私の親心

この対応で、私が決めていたのは、「子供を幼稚園に無理矢理行かせない」ということでした。

一番良いのは、幼稚園への引渡しまでに、子供の不安な気持ちを解消してあげることなのですが、一旦、「幼稚園に行かない!」ってなってしまった子供の気持ちを、朝の短い時間の中で、回復させるのは、まず、無理だったと思います。

ほとんどの場合、幼稚園への引渡しの現場には、無理やりではなく、抱っこして安心で包み込みながら、なんとか騙し騙し連れて行って、そこで、幼稚園の先生によって引き離されるという形になりました。

これが、幼稚園に行きたがらない子供を幼稚園に行かせる最善の方法だったのではないかと思っています。

それは、子供が「幼稚園に行きたくない」という気持ち(寂しさ?悲しさ?)を主張しても、朝の家の中から始まって、幼稚園に行き、再び家に帰ってくるまでの間に、自分の気持ちを責めるが現れないからです。

「子供が幼稚園の先生に無理矢理引き離される」といっても、その後、幼稚園の先生が、泣いている子供をあやすことはあっても、「どうして幼稚園に行きたくないの!!」といって責めるとは、まず考えられません。

ですから、親さえにならなければ、「幼稚園に行きたくない!」という気持ちを責めるは、その日は、もう子供の前には現れないということになるのです。

 

  • 親が、子供を力ずくで幼稚園に行かせる
  • 幼稚園の先生が、親にしがみつく子供を無理矢理に引き剥がす

 

このいずれの対処をしても、「幼稚園に行きたがらない子供が、無理矢理幼稚園に行かされる」という見かけ上の風景に変わりはありません。

しかし、子供が抱いた自然な気持ちに対する鬼が出たか、鬼が出なかったかということに注目すれば、その出来事から子供が受け取るメッセージは、随分と違ったものになるだろうと想像しています。

参考

関連することを、『あなたにもある心を回復する機能』で説明していますので、そこから引用しておきます。

トピックス:正しい葛藤と誤った葛藤

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自分の気持ちに沿って決断するためには、正しく葛藤することが重要です。健康的な心理状態での葛藤は、「やりたい・やりたくない」という気持ちを例にすると、次のような2つの気持ちの中で結論を出そうとしている状態です。

正しい葛藤状態:
りたい気持ち+やりたくない気持ち

ここで大切なことは、やりたい気持ちも、やりたくない気持ちも、共に自分の本当の望みだということです。
思考には心理的な苦痛が伴います。しかし、いろいろと思考をめぐらせた結果、どちらの気持ちを優先させても、そのいずれも自分の気持ちなのですから、思考の苦痛の後には、それなりの満足感を味わえることが期待でき、その満足感が期待できるから、葛藤の中にしばらく身を置くこともできます。
しかし、心に慢性的な苦しさを抱えている場合は、自分の本来の望みから外れたところでの葛藤に陥っていることが多くあります。

誤った葛藤状態(1):
やらなければならない気持ち+やりたくない気持ち

この「やらなければならない気持ち」には、本来の望みである「やりたい気持ち」も含まれていますが、その大部分は「やらないでつらくなるのは嫌だ」という気持ちが占めています。
等式を修正すると、次のようになります。

誤った葛藤状態(1):
やりたい気持ち+やらないでつらくなるのは嫌だという気持ち+やりたくない気持ち

なぜ、「やらないでつらくなるのは嫌だという気持ち」のような余計なものが、葛藤状態に入り込んでくるようになるのでしょうか? それは、『そうしないと、もっとつらい状況になった』という経験があり、それを繰り返すことから自分を守るためなのです。
例えば、小さな子供が幼稚園に行くのを嫌がったとします。このとき、子供の心では、幼稚園に行きたくない気持ちが大きくなっているのですが、幼稚園に行きたい気持ちがあることも確かなことです。ここで、親が、幼稚園に行かないことを悪いことだと認識して、「幼稚園に行かないのはいけないことだ。そんな子供に育てた覚えはない!」などと泣き叫ぶ子供を力づくで幼稚園に連れて行くような対応をすると、幼稚園に行くよりもつらいことを親からされるという経験をすることになります。そこで、そんな目に遭うよりは、嫌だけど幼稚園に行く方がましと考えてしまうような感じです。このような対応をされてしまうと、しばらくして、ま
た、幼稚園に行きたくなくなったときに、過去の親の対応が頭に浮かび、誤った葛藤状態(1)のような状態に陥ってしまいます。
この状態に陥ると、自分の本来の望み以外の気持ちが入り込んでしまっているため、結論をだすことが非常に困難になります。繰り返しますが、思考には、大なり小なり心理的な苦痛を伴います。その先に、自分の望みがなければ、考えることは苦痛以外の何ものでもありません。
「やりたいなぁ〜、でも、やりたくないなぁ〜」というようにのんびり構えていられる気持ちではありません。何かを決断しなければ、そんな思考に伴う苦痛を長い時間感じ続けなければならなくなりますし、あの恐ろしい出来事が起こりそうな雰囲気を微妙に感じていたりします。
そこで、この苦しさから早く逃れるために、「〜しなければならない」という方を選択しがちになるのです。その選択の先には、自分の満足感は待っていないし、『させられ感』を感じることにもつながります。
次の『誤った葛藤状態(2)』も同じように考えられます。

誤った葛藤状態(2):
やってはならない気持ち+やりたい気持ち

等式を書き直すと次のようになります。

誤った葛藤状態(2):
やりたくない気持ち+やってつらくなるのは嫌だという気持ち+やりたい気持ち

この「やってはならない気持ち」には、本来の望みである「やりたくない気持ち」も含まれていますが、その大部分は「やってつらくなるのは嫌だという気持ち」が占めています。そして、その気持ちの裏には、「やってつらくなった」という過去の経験が隠れているのです。
このような状態になると、正しい選択が行えずに、やってもやらなくてもつらい経験を積み重ねるだけのことが多く、

■誤った葛藤状態(3):
誤った葛藤状態(1)+誤った葛藤状態(2)

というとても混乱した状況になっていきます。
もし、葛藤するときに、「〜しなければならない」とか「〜してはならない」という考えが浮かぶ傾向があるときは、「やってつらくなるのは嫌だ」とか「やらなくてつらくなるのは嫌だ」という気持ちやその気持ちに至った背景を理解することが大切です。そして、

 

  • 今の自分が、あの頃とは違い大人になっているということに気づく
  • それをやってもやらなくても、大人になった自分を、子供の頃のようなつらい思いにさせる人はほとんどいないということを客観的に理解する
  • つらい気持ちになっても、直ぐに安心した気持ちに回復できるという保障をする(知識として知り、体験で確信する)

ということで、正しい葛藤状態に戻り、結論が出しやすくなります。

『あなたにもある心を回復する機能』  トピックス:正しい葛藤と誤った葛藤(P.55 -59) より

 

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