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【補足2】親の過干渉が子供の性格に与える影響

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親が、子供の感覚や感情、思考、行動に口出しばかりしている(過干渉・過保護)は、子供の性格に様々な影響を及ぼします。

親の過干渉の影響を受けた性格は、自分の家庭というごく限られた範囲の「不健康な関係性」の中でうまく生きていくために役立つ性格となります。

しかし、一般的な人間関係の中では役には立たず、むしろ、健康な関係性を保つことを妨げるようにさえ働いてしまいます。

 

子供を、そんな性格を背負って生きていかなければならなくさせてしまいます。

親の過干渉は、過干渉している間だけ子供に悪影響を及ぼすのではないのです。

 

では、どのようにその後の人生に影響が残るのでしょうか?

ここでは、そんなことを説明したいと思います。

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1. 錯覚

親が、子供の感覚や感情、思考、行動に口出しばかりしていると、

  • 無意識に親の感じ方を推測しているのに、それを自分自身が感じていることだと錯覚するようになる
  • 無意識に親の考え方を推測しているのに、それを自分が本当にそう考えていると錯覚するようになる
  • 無意識に親がやりそうな行動を選択しているのに、それを「自分の意思で決断して行動した」、「自分の意思で行動しなかった」と錯覚するようになる

この錯覚が、青年期から成人期初期に、「自分がない」、「本当の自分は何なんだろう?」、「自分の本当の気持ちが分からない」などと悩んでしまうことにつながると考えています。

 

子供との関わり方の基本方針 ( 子供の心との関わり方 ) | ピュアハート・カウンセリング では、子供に次のような経験を積み重ねさせてあげることが大切だと説明しました。

  1. 自分に何らかの望みが生じたとき、
  2. 自分で一生懸命考えて、
  3. 自分が考えたやり方で対処したら、
  4. 何となくその望みに近いことができて、
  5. 何となく良かった(なんとなく満足した)。

 

感覚や感情についても、同じことが言えるのではないでしょうか。

  1. 自分が何かを感じたとき
  2. 自分で一生懸命に考えて
  3. 自分が考えたやり方で対処したら
  4. 生じた感覚が解消して
  5. 気持ちが落ち着いた

 

やっぱり、人は、自分で感じ、自分で考え、自分で行動しないと、「生きている」という実感が得られないのだと思います。

 

【参考】

 

2. 色々なことが問題と思えてしまう

自分の感覚や感情、思考、行動に、親から口出しばかりされる『不健康な関係性』に適応することによって身についた条件反応が、もともとは何の問題もない日常の中で引き起こされてしまうと、あたかもそこに問題があるように感じてしまいます。

 


【例】

「自分の考えを言っても、親が違う考えを言えば、それに従わなければならない」という家庭で長く過ごしていると、他の人が、ただ、自分の考えを言っただけなのに、「自分の考えは引っ込めて、相手の考えに従わなければならない」と感じてしまうことがあります。

そして、ただ自分の考えを述べただけの相手に対して、「○○さんは、いつも私の考えを否定して、自分の思い通りにしようとする」などと勝手に思い込んでしまうような感じです。

 

  • 言えば済むことなのに、いつまでも言えずに放置する
  • やれば済むことなのに、いつまでもやらずに放置する
  • やらなくてもいいことなのに、やってしまう

といったことも、同じ心理的な働きによって陥る状態です。


これを踏まえると、人が認知する問題は、次の2つに分類されます。

 

  • 現実の中に存在する問題
  • 条件反応の影響によって作り出される非現実の中の問題(現実には存在しない問題)

 

しかし、普通の人は、後者のような現実があることを知りませんから、自分が問題と認識したことは、全て前者に当てはまると考えます。

 

そのため、

 

  1. 何の問題もない日常であるにも関わらず、条件反応の影響で非現実的な問題を感じる
  2. それを、その人の意識が向きやすい対象に投影し、現実の問題錯覚する

 

という流れで、非現実的な問題を創り出しては、それを現実の問題だと錯覚してしまいます。

 

このような錯覚を繰り返すことによって、多くの問題や課題に追われる日々を過ごすようになりがちです。

 

【参考】

 

3. 「違う」ということが気になる

自分では、他人など気にしていないつもりなのに、心のどこかで「他人の目」や「他人という存在」をとても気にしてしまっているところがあります。

これから説明する否定的思考(自己否定的思考、他者否定的思考)は、「自分が、他人と同じではない」と意識することから始まります。

自分と他人が同じかどうかを無意識のうちに確認し、気づいた違いを修正して同じにするために、自分や他人を否定してしまうのです。

 

自分と同じ人など一人として存在しませんから、違いが気になってしまうと、誰かと一緒にいるだけで、多くの違いに気づいてしまうことになります。

ですから、自分なりに自然体で過ごせる自由な状況でも、ストレスを感じてしまいます。

 

不健康な関係性の中で過ごしていると、「同じ」ということがこれほどまでに重要になって、自分を不自由にしてしまうのです。

自分の感覚や感情、思考、行動に、親から口出しばかりされる『不健康な関係性』が作のは次のような世界です。

 

  • 感覚や感情が、同じでなければ否定される
  • 考えが、同じでなければ否定される
  • 行動が、同じでなければ否定される

 

普通の人には「自分と他人は同じでない」ということは当たり前でも、このような世界で生きてきた人には、「違う」ということに、ちょっと違う意味を感じてしまいます。

 

  • 他人の感覚や感情が、自分の感覚や感情とは異なると分かると、自分が否定されたと感じてしまう
  • 他人の考えが、自分の考えとは異なると分かると、自分が否定されたと感じてしまう
  • 他人の行動が、自分の行動とは異なると分かると、自分が否定されたと感じてしまう

 

否定されたと感じることによって起こる反応は、大きく「自己否定的反応」と「他者否定的反応」の2つに分けることができます。

 

この2つは、一見、相反することのように思われるのですが、実は、意識の向かう先が異なるだけで、その根底にあるものは同じなのです。

 

3-1. 自己否定的反応

  • 自分の感覚や感情が、他人の感覚や感情とは異なると分かると、他人と同じように感じられない自分を否定し、他人の感覚や感情と同じに修正しようとする
  • 自分の考えが、他人の考えとは異なると分かると、他人と同じように考えられない自分を否定し、他人の考えと同じに修正しようとする
  • 自分の行動が、他人の行動とは異なると分かると、他人と同じように行動できない自分を否定し、他人の行動と同じに修正しようとする

 

このようなことに意識が固着してしまうと、「同じではない」ということに追い詰められて、「『自分』という存在そのものを否定されている」と感じてしまうことさえあります。

 

3-2. 他者否定的反応

  • 他人の感覚や感情が、自分の感覚や感情とは異なると分かると、他人の感覚や感情を否定して変えさせようとしたり、その人を排除しようとしたりする
  • 他人の考えが、自分の考えとは異なると分かると、他人の考えを否定して変えさせようとしたり、その人を排除しようとしたりする
  • 他人の行動が、自分の行動とは異なると分かると、他人の行動を否定して変えさせようとしたり、その人を排除しようとしたりする

 

他人と自分が同じでないと、「自分が他人から否定されている」と感じてしまうから、逆に、他人を自分と同じに変えることによって、他人が自分を認めている状態を作ろうとしていると理解すると分かり易いでしょう。

 

それでも、相手が自分と同じにならない場合は、排除するしか無くなってしまいます。

(実際には、色々な要因が絡み合って形成される力関係によって、「相手を変える」、「相手に変えられる」、「相手を排除する」、「相手に排除される」という様々な状態が生み出されます。)

 

このようなことは親子の間でも起こります。

自分の感情・感覚や考えを正直に話したり、自分が考えたり行動する子供を、反抗期(第一次反抗期、第二次反抗期)だと感じてしまうのも、ここでの説明で理解できます。

 

「反抗期」に関する真の問題は、

  • 「なぜ、子供は反抗するのか?」

ということではなく、

  • 「子供が、正直な感情・感覚や考えを話したり、自分で考えて行動をしたときに、なぜ、大人は、『反抗している』と感じてしまうのか?」

ということなのです。

 

そこを理解せずに、親の感情・感覚や考えで押さえつけてばかりいると、本当の意味での反抗的な心理を芽生えさせ、大きくしてしまいます。

 

4.違いが気になることで陥る状態

4-1. 自分から始動できない

指示待ち人間 (指示があるまでは自分から動こうとしない人)を、その人の精神的な問題と解釈されることが多いようです。

しかし、これも不健康な関係性の中で身につけてしまった条件反応が影響していると考えています。

 

  • 他人がどう感じているかが分かるまでは、どうするかを考えたり行動したりできない
  • 他人がどう考えているかが分かるまでは、考えたことを行動に移せない
  • 他人がどう行動するかが分かるまでは、自分から行動を始められない

 

「相手のそれ(感覚・感情、考え、行動)と違ったら、否定されたり修正されたりする」と感じるので、不確定なところがある内は行動できないのです。

 

4-2. 自分のことを話せない

  • 他人の感覚や感情が、自分とは異なると分かると、自分の感覚や感情を表現できない。
  • 他人の考えが、自分とは異なると分かると、自分の考えを表現できない。
  • 他人の行動が、自分とは異なると分かると、自分の行動を続けられない。

 

4-3 他人と同化しようとする

  • 他人の感覚や感情を知ると、同じように感じていることにする
  • 他人の考えを知ると、同じように考えていることにする
  • 他人の行動を知ると、同じように行動してしまう

 

4-4 無気力

自分の感覚や感情、思考、行動へ、親からの口出しされる確率が高いと、「自分は、正しいことができない」という思いが生まれ、「自分は価値がない」とか「生きている意味はない」などと考えるようになってしまいます。

そういう状況でも、「生きる」ということだけに一生懸命に生きているのですが、それ以外のことに興味を示さない状態は、他人は「無気力」だと解釈してしまいます。

 

4-5 自分を隠してしまう

自分の感覚や感情、思考、行動への、親からの口出しがあまりにもひどいと、

  • 自分の経験を知られても、
  • 自分の感覚や感情を知られても、
  • 自分の考えを知られても、
  • 自分の行動を知られても、

何を知られても、それを親から支配されると感じるようになります。

 

そのような状況で、自分を守るためには、自分という存在そのものを隠すしか道がなくなってしまいます。

 

その結果、自室に引きこもるようになります。

 

その感覚を親以外の他人に投影してしまえば、人を避けて過ごしたりしがちになります。

 

最悪の場合は、自らの手によって、自分という存在そのものを消し去ってしまうことにもつながります。

 

5. コミュニケーションがちぐはぐになる

親の感情や感覚・思考・行動を推測する日々の中で、「このようなときには、こうであるべき」というパターンを蓄積し、やがて、親から離れていても、「親の感じ方」、「親の考え方」、「親の行動」に支配されるようになります。

 

  • 親の感覚や感情(このような時には、こう感じるべき。こう感じてはいけない。)
  • 親の思考(このような時は、こう考えるべき。こう考えてはいけない。)
  • 親の行動(このような時は、こうするべき。こうしてはいけない。)

このような感覚や感情、思考、行動が当たり前だと信じています。

 

ですから、家庭以外の人にも、それらを当てはめようとしてしまいます。

 

しかし、実際は、人の「感じ方」、「考え方」、「行動」は十人十色です。

そんな他人の「感じていること」、「考えていること」、「行動すること」は、本来ならば、相手に直接確認しなければ知ったり理解したりすることはできません。

 

にも関わらず、自分が慣れ親しんだ「このようなときには、こうであるべき」というパターンが当てはまると信じているので、それを当てはめて「相手の感じていること」、「相手の考えていること」、「相手が行動しようとしていること」を推測します。

更に、その推測を、「相手が実際に感じていること」、「相手が実際に考えていること」、「相手が実際に行動しようとしていること」と錯覚してしまいます。

 

そのような錯覚に陥っている人と関わっている人は、

  • 自分を肯定されてもピンときません
  • 自分を否定されてもピンときません
  • 自分を気遣ってもらってもピンときません
  • 自分に遠慮されてもピンときません
  • 自分が傷つけたと言われてもピンときません

ピンとこない理由は、錯覚に陥っている相手が、目の前の自分ではなく、錯覚の中の架空の自分と対話しているからです。

 

そのように、相手の錯覚の中の自分に反応されてばかりいると、相手は自分のことを無視されていると感じたり、否定されていると感じたりしてしまいます。

 

本人は、自分の錯覚の中の相手と対話していることに気づきません。

 

目の前の相手と対話していると思っているので、やりとりがかみ合わなくなっていきます。

 

このようなコミュニケーションを続けているうちに、お互いに不満が募り、やがて関係が壊れてしまいます。

 

そのようなことが繰り返されるので、人との関係を築くことが困難になり、人間関係の悩みを抱えるようになってしまいます。

 

6. 「させられ感」につきまとわれる

自分では、自分で感じ、自分で考えて行動している(行動しようとしている)つもりでも、実際には、自分の感情・感覚や考えとは関係のないところで決断して行動しています。

 

そのため、「させられ感」と呼ばれてる「誰かに操られているような感覚」にとりつかれ、

 

  • 行動したとしても「何かが違う・・・」という漠然とした不満を感じてしまう
  • 行動しようとしても行動を起こせない

 

といった状態に陥ってしまうことがあります。

 

7. 隠蔽してしまう

子供の感覚や感情、思考、行動に、親が過剰に口出ししていると、次のような予感が身につきます。

 

  • 自分が経験したこと(特に、つらい経験や世間的に受け入れられないと感じている経験)を他人に知られると、批判され、知られた相手の感覚や感情・思考に支配されることになる

 

そのため、他人の支配から自分を守るために、極力、自分のことは話さない傾向を身につけます。

 

また、同じように、自分の感覚や感情、考えていることも、「話せば、話した相手に批判され、支配される」という感覚が身についてしまいます。

その結果として、自分が経験したこと、感覚・感情、考えていることを隠蔽してしまいます。

 

この隠蔽傾向のせいで、問題が生じたときには、それを一人で抱え込んでしまいがちになります。

 

話さなければ、起こった事態に対する他の人の意見を聞くこともできません。

何の対処もしないままに時だけが流れてしまい、些細な問題でも大きな問題にしてしまいがちで、最悪の場合、事件にまで発展させてしまいます。

 

また、隠蔽し続けることによって次第に大きくなる罪悪感に追い詰められることにもなります。

 

【参考】

 

8. 自分がどう感じているのかが分からなくなる

良くないことだけでなく、自分にとって嬉しい気持ちや嬉しかった出来事などを話したときに、あれこれと口出しされていると、

 

  • 自分が経験したことを他人に知られると、それが嬉しいことであっても、批判され、知られた相手の感覚や感情・思考に支配されることになる

 

という予感が身についてしまうため、話さなくなります。

 

そして、自分が嬉しかったことやつらかったことなどに対して、

 

  • 大したことではない
  • どおってことない
  • 別に・・・

 

などと言うようになります。

 

親が「どうしたい?」と聞いても、「どうでもいい」「どっちでもいい」「何でもいい」などという答えしか返ってこなくなります。

 

そう言っているうちに、自分でも自分がどう感じているのかが分からなくなって、心に「モヤモヤとした感覚」を慢性的に抱えるようになります。

 

【参考】

 

9. 執着する

自分に生じた不快な感覚や感情を直接的に解消できないとき、「不快な感覚や感情は解消できないもの」として諦めて受け入れるという対処方法があります。

それは、変えることができない対象(遠い過去の経験、生まれもった性格、生まれた境遇、容姿や個性・・・)を原因と考えることによって実現できます。

「変えることができない」と思うことによって、不快な感覚や感情を抱えながらも、現在の自分の状態を受け入れてしまえば、それらを解消しようと思い煩う苦しさからは解放されます。

 

しかし、不快な感覚や感情はどこかで感じてしまいますし、それを抱え続けることは、やっぱり苦しいことです。

そこで、多くの場合は、何らかの変化を生じさせられそうな対象(出来事、現在の状態、身近な人、現在の環境・・・)を操作することによって、それらを解消しようとする方向に意識が向かいます。

 

そして、意識した対象を、感情が生じる前の状態に戻せば、感情を解消できると考えます。

また、何かを手に入れることによって感情を解消したりしようとすることもあります。

 

その実現までの間、その対象や解決策に、意識は釘付けになります。

これが、「執着」が起こるカラクリです。

 

その実現のために、長い期間や相当の労力を伴って意識を向け続けている状態を、一般的には「執着している」と認識します。

 

簡単なことを直ぐに実現してしまえば、執着しているように感じられませんが、感情を回復させるために何らかの対象に意識が向かっているとしたら、執着のタネが身に付いている可能性があります。

 

 

また、一旦生じてしまった感情は、対象を思い通りに変化させたからといって、きれいさっぱりと消えることはありません。

 

このとき、変化させようとしていることが、自分の個性なら、コンプレックスを抱えている状態に陥ってしまいます。

 

もし、それを実現してしまっても、残っている感情のせいで、「再び、同じような状況が起こるかもしれない」という大きな不安を抱えて過ごすことになります。

 

 

対象をもとに戻すことができなくても、多少は感情が和らいだときには、その方法にこだわり、同じ方法を繰り返してしまうのが、依存症と呼ばれる状態です。

 

更に、「もっと~すれば、もっと解消するに違いない」と考えて行動をエスカレートさせることもあります。

 

これが、いびり(いじめ)・仕返し・嫌がらせなどが、エスカレートしやすい理由で、エスカレートするうちに犯罪に至る恐れもあります。

 

変化させる対象として人を選んでしまうと、ストーカー的な行動、DVなどに陥ってしまうことになります。

 

【参考】

 

10. 現実的に肝心なことを後回しにしてしまいがちになる

「2. 色々なことが問題と思えてしまう」で説明したように、次々に問題を見つけ出してしまいます。

そして、余計な問題をたくさん抱え込むことになるので、優先順位を付けるのが難しくなります。

その結果、重要な「現実の問題」の解決が後回しになって、「非現実的な問題」ばかりを対処してしまい、努力の割に、自分を取り巻く状況が良くならなかったり、他人からは評価されなかったりすることになります。

 

 

 

 

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Comments

  1. まさに私がこのパターンです。まるで私を観察しているかのように当てはまりました。
    ついこの間まで自分を見失っていたけど、学生寮で一人暮らしを始めてから(高校を卒業してこの間専門学校へ通い始めました)本当の自分に気づき始めています。このことを親に(初めて「自分の意見」を率直に)伝えたら「子供か!」「人のせいにするな!」「聞いたような口聞くな!」とか言われた挙句逃げられたからやっぱりそういうことか…って思いましたね。無意識のうちに私はこうして支配されていたんだな…と気付けました。なんだか楽になれたのでよかったです。ありがとうございます。

  2. 僕もこのパターンでした。自分の悪い性格の原因は僕自身にあるわけじゃないと分かり、ほっとしています。僕は雑なところが嫌で嫌で、「丁寧さ」を身に付けたいと思っていました。なので、自分のすべての行動を時間をかけて行おうと努めていました。この記事を読んで、僕は「執着」していたと感じました。「丁寧さ」を身に付ければ、ちゃんとなると思っていました。ですので、「丁寧さ」に関してはある程度折り合いをつけて、もっと多くの人に出会い、自分が持つ視野を広げて、親の価値観に支配されないように生きたいと思いました。

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